20歳以上の選挙権のある人は全員裁判員となる可能性があり、被告人の生命・人生を左右する重大な立場に立たされます。
裁判員制度が適用されるのは、殺人・強盗致死傷・傷害致死・放火などの重大事件が対象となり、軽い気持ちでやれるものではありません。
この制度が生まれた背景には、死刑制度廃止を意図した国民世論の喚起があると言われています。しかし、実際の裁判に出廷し尚且つ、有罪・無罪を判定し、有罪の場合には量刑まで決めなければならない、こんな重大なことが素人に本当に出来るものなのか、極めて疑問ですが、来年の7月には一例目の裁判が行われることになります。心の準備はしておかなければなりません。
凶悪な考えられないような事件がよく起きます。人の心が疲れきっているというのが実感ですが、犯罪である以上裁かなければなりません。
裁く権利が自分にあるのか?と自問したくなりますが、裁判員制度は裁く義務です権利ではありません。
法や倫理感に照らして裁くということは、自分自身が倫理的な生き方や社会正義を実践しているか、若しくは、消極的ながらも非倫理的・反社会的な生き方をしていないことが前提となるように思います。
私はそのような生き方をしています!
と自信を持っていえるのでしょうか?
日々の生活・仕事の中で、そのような実感をもったことがあるのか?
そんな事を考えておかなければ、とても裁判員は務まりそうもありません。
あなたはどうでしょうか?
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