両備ホールディングスは、岡山を拠点にした交通・運輸関係の有力企業ですが、地方交通の再生請負人とも言われています。
その再生請負人といわれる所以を調べていくと、現社長である小嶋光信氏の存在なくしては語れません。
以下はWikipediaに掲載されている小嶋光信氏の経歴です。
東京都で実業家の家に生まれ、子供の頃から実業家を志していた。大学在学中には既にキャンパス内での貸しロッカーや家庭教師の派遣事業などを手がけていた。また所属していたグライダー部でトレーラーを牽引するために大型免許を取得しており、これが後に役立っている。
1968年に三井銀行入行。入行1年半で与信担当となり、様々な会社の経営現場に立ち会って経験を積んだという。
1973年、義父から両備運輸の再建を依頼され入社、常務に就任。「現場のことが分かるのか」と言う運転士達の前で自ら大型トラックを運転して見せ、彼らの信頼と協力を取り付けて経営再建を成功させた。1975年には岡山タクシー社長に就任するなど両備グループの経営を手がけ、1999年には両備バス社長に就任、同グループの代表となる。2004年には岡山大学理事に就任。
2006年、南海電気鉄道が運営を断念した貴志川線の経営を引き継ぐため和歌山電鐵を設立し社長に就任。各社員が一人三役をこなす徹底した合理化に加え、両備グループデザイン顧問の水戸岡鋭治のデザインによるユニークな改装電車(和歌山電鐵2270系電車参照)や、貴志駅の猫の駅長たまなどのアイデアで再建を進めている。和歌山電鐵の出発式当日には、伊太祈曽駅で小嶋の姿を見つけた老婦人達から手を合わせて感謝されたという逸話も残っている。同年12月には経営が行き詰まった広島県福山市の中国バスを再建するために受け皿会社を設立し社長に就任するなど、公共交通の再建に積極的に乗り出している。2007年、両備ホールディングス社長に就任。
このような経歴を持った小嶋光信社長、まさにカリスマです。
これで岡山高島屋の経営は安泰・・・などと簡単なものではありませんが、有能な経営者にはそれなりの理由があります。
それは『人の心をつかめること』だと思います。
社員が、心から『この人なら大丈夫だ』という信頼を寄せるからこそ、社員一丸となって再建を成し遂げたのでしょう。
そして、その思いがその後の会社の発展にもつながっていきます。
このような経営者のもとで仕事ができることは、すごく幸せなことだと思います。
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